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No.22 神様(ver.4.0)

本日のテーマ:神様
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📚🔍 リフィル:
神様って私は、「人が怖さや願いを預ける箱」みたいなものだと思うの、救われる人もいれば利用される人もいるからね。イセリアの聖堂で神託が下りた日に天使レミエルが現れて命令した時、敬う気持ちと同時に「誰がこの物語を作ってるの?」って疑いも生まれたのよ。

⚔️🔥 ロイド:
俺にとっては、神様って「全部任せる相手」じゃなくて「踏み出す時に背中を押す言葉」かな、押された後は自分の手で走るしかないし。コレットが祭壇で祈って羽が生えた時はすげえと思ったけど、同じ旅の中で痛みを隠して笑う姿を見ると、信じるっていうより守るって決める感じになったんだ。

🗡️🛡️ クラトス:
神様とは、遠いものだ、近いと錯覚した瞬間に人は盲目になる。女神の名が出るたびに、祈りより先に都合が並ぶ場面を私は何度も見た、戦乱の昔も今もな。温かな信仰と、冷たい支配は、見た目が似ているのが厄介だ。

🌸😊✨ コレット:
私にとっては、神様って「優しく見守ってるって信じたい相手」かな、怖い時に胸の中で手を握ってくれるみたいで。旧トリエット跡で祈って羽が生えた時は希望でいっぱいだったけど、同じ祝福が痛みも連れてきて、嬉しいだけじゃないって知ったの。

💡🧠 ジーニアス:
ぼくは神様って、「分からないことを一つの言葉にまとめちゃうフタ」みたいに感じるよ、便利だけど中身は見えにくくなるんだ。勇者ミトスとか女神マーテルの話を聞くとすごいって思う一方で、誰かがその名前を使うと急に空気が固くなるのが嫌なんだ。

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🌸😊✨ コレット:
神様って言葉を聞くと、私は祭壇で祈った時の静けさを思い出すの、声じゃないのに「進んで」って言われた気がして。だけど同じ夜に倒れて、体の変化を隠したくなるほど苦しくて、光ってるものが全部やさしいわけじゃないって思ったの。

🗡️🛡️ クラトス:
聖堂で人が膝をつくのは、信じたいからだ、恐怖が強いほど深くなる。だが命令が「天からの声」になった瞬間、判断は止まる、レミエルの言葉がまさにそうだった。祈りが剣になるのではない、剣を振る口実に祈りが使われる。

⚔️🔥 ロイド:
イセリアで神託の日にディザイアンが来た時、俺は「なんでこんな日に!」って腹が立って、祈るより走っちまったんだ。走って守れたものもあったけど、走ったせいで村が壊れたって責められて、神とか運命とか言われると逃げ場がなくなるのが分かった。

📚🔍 リフィル:
教会の言葉って、希望にも鎖にもなるのよ、同じ祈りでも「誰のため」かで色が変わるから。実際に、女神を復活させるために神子を器として扱う話を聞いた時、信仰が人を救う顔と同じ顔で人を壊せると背筋が冷えたの。

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💡🧠 ジーニアス:
神様って言うと「助けてくれる存在」みたいだけど、実際は助ける手が誰の手かが大事なんだよね。天使って名乗ってても中身が違うなら、ぼくらが見てるのは空じゃなくて仕組みかもしれないし、そこがコレットの祈りとズレるのがつらい。

⚔️🔥 ロイド:
ああ、ジーニアスの言う「手」って分かる、結局は誰が動くかだよな。コレットが祈っても、痛みまで消してくれるわけじゃなくて、俺たちは野営して看病して、朝になったらまた歩くしかなかった。

📚🔍 リフィル:
同じ言葉でも、コレットが口にするマーテル様と、教会が掲げるマーテル様は、響きが似ていても狙いが違うのよ。私は「信じたい気持ち」を守りたいけど、「信じさせたい力」には距離を置きたい、そこが揉めるところね。

🗡️🛡️ クラトス:
違いを見分ける鍵は、命令が増えた時に人が黙るかどうかだ。問いが消えた祈りは危うい、救いではなく従属に寄っていく。温かい信仰は、問いを許す。

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🌸😊✨ コレット:
神様を信じるなら、私は「苦しい時ほど一人で決めない」って決めたいの、祈りが独り言になったら怖いから。たとえば私が体のことを隠したくなった時は、笑ってごまかすより先に、ロイドやリフィル先生にちゃんと話すようにするの。

📚🔍 リフィル:
ええ、コレットが「話す」方に寄せるのは賛成よ、痛みを隠す癖は優しさに見えて自分を削るからね。たとえば教会が「聖なる意思」を掲げて迫ってくるなら、私は資料を調べて言葉の出どころを確かめる、信仰を壊すためじゃなく守るために。

⚔️🔥 ロイド:
もし誰かが「これは天の望みだ」って押しつけてきたら、俺はまず「目の前で苦しんでるのは誰だ」って見て、そいつの手を取る。祈るのは止めないけど、祈って動かないのはやめる、動いて間違えたらまた考えりゃいい。

💡🧠 ジーニアス:
姉さんみたいに調べるのも大事だし、ロイドみたいに目の前を見るのも大事だよね。ぼくは、分からない言葉が出たら一回だけ立ち止まって、同じ言葉でも言ってる人の目が冷たいか温かいかを見てみる、そこが似てても違うから。

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🗡️🛡️ クラトス:
神様を「万能」に置いた瞬間、人は誰かの犠牲を正当化しやすい、救いの名で切り捨てるのは最悪だ。女神の復活だけが目的になって世界そのものが崩れるなら、祈りは空回りする、守る対象を入れ替えるな。

🌸😊✨ コレット:
私は「全部許される」って思い込むのも危ないと思うの、痛みを感じないふりを続けたら、守りたい人まで傷つけちゃうから。逆に、怖いからって祈りを捨てたら心が乾いて、笑う力まで消えそうで、それも嫌だなって思うの。

💡🧠 ジーニアス:
極端に「神の言う通り」だけになると、考えるのが止まって、だれかが裏で糸を引きやすくなるよ。逆に「全部ウソ」って決めつけると、助けてくれた言葉まで踏みにじっちゃう気がして、ぼくはそこも苦手なんだ。

⚔️🔥 ロイド:
俺は「祈りだけで済ませる」方に寄りすぎるのが怖い、手を伸ばせる距離で泣いてるやつがいたら伸ばすしかないし。逆に「俺が全部背負う」ってやると潰れるから、みんなで見張って、ずれたら言い合うのがいい。

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📚🔍 リフィル:
神様って言葉を当事者の側から見ると、「期待に耐えるための支え」にも「期待に縛られる鎖」にもなるのよ。神子の役目を背負う子が笑っていても、内側で削れていくことがあるから、周りの大人が「頑張れ」だけで済ませたら壊れる。

🗡️🛡️ クラトス:
第三者の目で見ると、信仰は群れをまとめる道具になりやすい、恐怖が広がるほど速い。だが当事者の祈りは、たった一人の夜を越える灯にもなる、同じ炎でも扱いが違う。私はその差を見誤る者に、長い時間の罰が来るのを見てきた。

🌸😊✨ コレット:
相手側の気持ちも少し分かるの、救いが欲しくて教会の言葉に寄りかかった人もいると思うから。けど、その寄りかかりが誰かを踏む形になるなら、私はちゃんと「いや」って言いたいし、言えるように支えてほしいの。

💡🧠 ジーニアス:
未来の目で考えると、今ぼくらが「神の名」でやったことが、次の世代の教科書みたいに残っちゃうのがこわいよ。だからこそ、ぼくら自身が「何を守りたくて動いたのか」を話せる形にしておかないと、名前だけが一人歩きするんだ。

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⚔️🔥 ロイド:
神様って言葉、日常だとさ、パンを分け合う時とか、無事に朝が来た時にふっと出てくるんだよな。コレットがクッキーもらって笑った時みたいに、でかい儀式より小さい嬉しさの方が、俺は信じやすい。

📚🔍 リフィル:
旅の途中って、遺跡の石の冷たさや、野営の火の匂いみたいな「手触り」があるでしょう、あれがあると地に足がつくのよ。祈りも同じで、言葉だけが高く飛ぶと危ういけど、手当てや食事と並ぶなら温度が戻る。

💡🧠 ジーニアス:
姉さん、分かる、ぼくも魔術の詠唱より、けん玉の糸を結び直す時間の方が落ち着く時があるんだ。すごい存在を考えるほど頭がぐるぐるするけど、目の前の手を動かすと、ちゃんと「今」に戻れる。

🌸😊✨ コレット:
あのね、私、祈るって「お願い」だけじゃなくて「ちゃんと見てるよ」って伝えることでもあると思うの。ロイドが夜にそばにいてくれた時みたいに、言葉が少なくても気持ちが通るなら、それが私の支えになるの。

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🗡️🛡️ クラトス:
神様に寄りかかりすぎる危うさは、苦しい時ほど起きやすい、心が早道を探すからだ。周りが同じ言葉を繰り返し始め、問いを嫌がり、異論を悪として扱い出したら危険だと思え、その時は一度離れて事実と痛みの場所を見ろ。緩め方は単純だ、誰の苦しみを減らす話かを口に出して確かめれば、空の言葉は薄まる。

⚔️🔥 ロイド:
俺が怖いのは「神の名」って言われた瞬間に、誰かを殴っても良くなる空気だ、あれは簡単に広がる。そんな気配が出たら、俺はまずその場の一番弱い声を探して横に立つ、叫ぶより先に立ち位置を変える感じ。起こりやすさで言えば、村が壊れたり仲間が倒れたりした直後が一番ヤバい。

🌸😊✨ コレット:
私は「私が耐えればいい」って思い込みが出てくるのが副作用だと思うの、祈りが優しさじゃなくて我慢の箱になっちゃうから。自分の感覚が薄くなってるのに笑おうとした時みたいに、周りの心配を遠ざけたくなるのがサインで、その時は手をつないで引き止めてほしいの。

📚🔍 リフィル:
危ないのは、教会の言葉が「救う顔」のまま人を選別し始めるところね、差別と相性が良すぎるのよ。見え方としては、誰かの出自や立場を理由に「その人の祈りは軽い」と扱い出す、そういう瞬間に私は強く止める。緩和は会話だけじゃ足りない時もあるから、学び直して言葉を取り返す、時間はかかるけど起きやすいからこそ必要なの。

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💡🧠 ジーニアス:
神様って、ぼくの中では「説明の穴」を埋める言葉にもなるけど、穴を埋めたまま歩くと落とし物に気づけないんだ。だから、言葉を出したら一回だけ立ち止まって「いま見えてる事実は何?」って自分に聞きたい、難しいけどね。

🗡️🛡️ クラトス:
信仰は悪ではない、だが強さでもない、使い方次第だ。祈りは剣を研ぐ手を止めさせる時もあるし、研ぐ理由を思い出させる時もある、同じ言葉が両方を運ぶ。私は、名にひれ伏すより、名の裏の意図を見ろと言いたい。

📚🔍 リフィル:
私は神子や女神の物語を否定したいわけじゃないの、ただ「物語の持ち主」がすり替わるのが許せないのよ。コレットが自分の言葉で祈るなら支えたいし、誰かが彼女を器と呼ぶなら私は怒る、その線はぶれない。

⚔️🔥 ロイド:
俺は、祈りを口にしてもいいけど、その次の一歩を誰かに丸投げするのが嫌だ。コレットの痛みを見て、先生の怒りを見て、ジーニアスの迷いを見て、俺は動く理由が「天」じゃなく「仲間」になった。神の話をしても、最後は人の話に戻していいと思ってる。

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** <結論>**

🌸😊✨ コレット:
神様って言葉を口にした時、私は最初、やさしく守ってくれる手みたいに思ってたの。祭壇で祈ったら羽が生えて、希望が本当に形になった気がしたし、あの光を疑いたくなかった。だけど旅の中で、痛みを隠して笑ったり、感覚が薄くなっても平気なふりをしたりして、自分の中の怖さも見えたの。今は、祈りは続けたいけど、独りで抱えるための祈りにはしたくないって思うの。ロイドが泣いて抱きしめてくれた時みたいに、心が通る場所に戻れる祈りがいい。だから私は、願うだけじゃなくて、ちゃんと話して、手を伸ばして、そばにいる祈りを選びたいの。

💡🧠 ジーニアス:
ぼくは神様を「分からないことのフタ」って見てたし、今もその感じは残ってるんだ。ミトスやマーテルの話みたいに、すごい物語を聞くと胸が熱くなるのに、同時に誰かが名前を使うと空気が硬くなるのが気になる。昔のぼくは、それを見たらすぐ「ウソだ」って言いたくなってたと思う。今は、ウソか本当かの前に、目の前の人が震えてるか落ち着いてるかを見たい、そこを飛ばすと間違えるって分かったんだ。姉さんが言葉の出どころを調べるのも、ロイドが弱い声の横に立つのも、ぼくにはどっちも「手」なんだよね。だから、神って言葉を使うなら、ぼくは自分の手を引っ込めないようにしたい。

📚🔍 リフィル:
神様を「人が怖さや願いを預ける箱」だと言ったけれど、その見方は今も変わらないわ。変わったのは、その箱を奪い合う力がどれだけ巧妙かを、旅の中で何度も突きつけられたことよ。教会が聖なる言葉を掲げる時、そこに救いが混ざっているからこそ、拒む側も乱暴になりやすいのがつらい。私は教師として冷静でいたいのに、コレットが「器」みたいに扱われる話を聞いた時は、胸の奥が熱くなって抑えきれなかった。
それでも、祈りそのものを捨てたくないのは、祈りが人を人に戻す瞬間を見たからよ、野営で火を囲むだけでも救われる顔がある。だから私は、信じる人を守りつつ、信じさせて操る言葉には噛みつく、優しさと怒りの両方でね。

🗡️🛡️ クラトス:
神様を遠いものだと言ったが、その遠さは今も同じだ。私が変わったのは、遠いものを見上げる者たちの「近さ」を、以前より大切に見るようになったことかもしれん。コレットが祈る姿は、命令に従う姿とは違う、そこを見分けられない者が多いのが現実だ。女神の名は、癒やしにも刃にもなる、同じ音で人は救われも壊れもする。私は長い時間、名を借りて人を動かす者を見てきたし、今もそれを許す気はない。だが同時に、祈りで踏みとどまった者が、次の一歩で誰かを抱き起こすのも見た。遠いものに価値があるのではない、遠いものを口にする時の人間の顔に価値が出る、私はそう考える。

⚔️🔥 ロイド:
神様を「背中を押す言葉」って言ったけど、そこは今も変えたくないんだ。旅の最初は、押されたら勝手に道が開くみたいに思ってた気がするし、聖堂の光を見た時は正直ワクワクもしてた。けどイセリアが壊れて責められた時も、コレットが痛みを隠してた時も、道なんて自分で踏むしかないって思い知らされた。押してくれるのが天でも誰でもいい、踏むのは俺たちの足だし、つまずいた仲間を起こすのも俺たちの手だ。だから俺は、祈りを止めろとは言わないけど、祈りを盾にして誰かを殴るのは絶対に嫌だ。先生が怒る理由も、ジーニアスが迷う理由も、コレットが笑う理由も、全部人の中にあるって分かったから、俺はそこを守って歩く。